現実的ではないけれど、ふと考えてしまうプレイがある。
先日、工事現場でクレーンに吊られた作業用ゴンドラが上下しているのを見かけた。
高所にぶら下げられた状態で、足場もなく、逃げ場もない。
そんな状況にマゾを置いたとき、人間は恐怖を優先するのか、それとも別の感覚が優位になるのか。
ふと、そんなことを考えた。
恐怖と性欲は両立するのか
一般的に、恐怖は身体を守るための反応であり、心拍数の上昇や緊張状態を引き起こす。
一方で、性的興奮もまた、心拍数の上昇や呼吸の変化といった身体反応を伴う。
身体の反応を見た時に、両者は非常に近い部分を持っている。
例えばSMプレイにおいても、鞭や蝋燭のプレイに対して最初は強い恐怖状態に置かれたときに、その反応がそのまま興奮へと転化されるケースが多い。
極限状態での感覚の変化
例えば、プレイ中に拘束されて動けない状態や、吊られるなどして高い場所で逃げ場がない状況では、意識が一点に集中しやすくなる。余計な思考が削ぎ落とされ、身体の感覚だけが強く感じやすい状態。
このとき、恐怖がそのまま持続するのか、それとも興奮・性欲として変換されるのかはその人自身の性質や責め手の力量によって変わる。
実際に、拘束や支配といった要素に興奮を感じるタイプの場合、こうした「逃げられない状況」そのものが強いトリガーになることもある。
安全が確保された前提ではあるものの、極端な状況ほど、普段では得られない感覚が引き出される可能性もある。
通常のSMプレイの場合、吊られたとしても落下して死亡するリスクが低い高さであることが多い。しかし今回見かけた光景は、明らかに落下すると確実に死亡する高さの檻なわけで、この時に人間としての本能が優先されるのか、それとも恐怖から心を守るために性欲として変換されるのかすごく気になってしまった。
現実では実現する機会がないプレイだが、散歩中にふとこんなことを考えた休日。
ちなみにあやねさんは、やや高所恐怖症気味だったりするので絶対に実現しないプレイ。地上でクレーンの操作ならやってみたい。免許ないけど。
投稿者プロフィール

- 広島痴女性感フェチ倶楽部キャスト兼講師
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広島で活動中のM性感セラピスト。
ドライオーガズム・前立腺性感を専門に、癒しと快感のバランスを大切にした施術を追求しています。
「快感のあとの独り言」では、性感の裏側・施術者としての記録・独立準備を綴っています。
